History of Filigree

歴 史

銀線細工は、江戸時代に当時貿易港だった長崎県の平戸にオランダ人がその手法を伝えたことから始まりました。

長崎県の平戸に伝わったため、今も日本の工芸用語ではフィリグリー(Filigree)、銀線細工の事を平戸細工と呼ぶことがあります。

秋田藩と平戸藩の江戸屋敷(参勤交代のため幕府が与えた官舎)が近かったことから、親交があったと推測されています。

初代秋田藩主佐竹義宣公が、慶長七年(1602年)に常陸から秋田に移封された時、金銀細工師が追従して来たのが秋田銀線細工の始まりと言われています。

江戸期の秋田藩は鹿角、院内、阿仁などから良質の金銀銅を産出する鉱山に恵まれ、刀鍔などの武具装飾やかんざしなどの装身具の細工物の発展に寄与することとなりました。
明治、大正時代には髪飾りが主流となっていました。

現在は帯留めなど和風の物だけでなく、ブローチやペンダントなど洋風のアクセサリー、宝石箱や額物など観賞用の作品も制作されています。

技術を受け継いでいる職人は現在数人しかおらず、それ故に希少価値も高く、銀線細工は秋田市指定無形文化財および県の伝統的工芸品に指定されています。

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